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映画 風立ちぬ 感想

映画「風立ちぬ」は2013年7月公開の映画です。
監督、脚本、原案は宮崎駿 。声の出演は主役の堀越二郎役に庵野秀明を、重要キャラには瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、風間杜夫、志田未来ら役者が配役されています。

実在の人物、ゼロ戦の設計者・堀越二郎をモデルに制作したという今作。宮崎駿としては異色とも言える作品なのは間違いないでしょう。1930年代の日本を舞台に青春と情熱が絡むそのストーリーは一言では言い表せない独特のテイスト。大正から昭和の風景の描写にも注目です。

■あらすじ
舞台は大正から昭和にかけて、激動の渦のなかに飲み込まれていく日本。とある少年、堀越二郎は小さい頃から航空機が大好きで、計器を片手に飛行機の設計にのめり込む。夢の中でイタリア人飛行機製作者カプローニと何度も出会い対話を重ね、青年になった彼は優れた飛行機設計者として注目を浴びるのだった。

混乱の時代。やがて彼は美しい女性、菜穂子と出会い激しい恋に落ちる。しかし菜穂子は重い病、結核にかかっていたのだった。二郎は飛行機の設計と、彼女との生活の間で、精一杯生きることを選択する。彼の作った飛行機はやがて戦争に使われてしまう事も目に見えていたが、彼は悩みながらも目の前の「生」を精一杯燃やし、創作的10年を過ごすのだった。

■率直な感想
なんと言っても注目なのは、今作が珍しく実在の人物を扱ったジブリ作品だと言うこと。そしてあの『エヴァンゲリオン』シリーズを手掛けた庵野秀明が声優をやると言うことです。これはどちらの意味でも賛否両論ありそうな要素ですね。

で、実際に見てみた印象。まず当時の日本の描き方はとても秀逸だと思いました。関東大震災などの重要な出来事もデフォルメして描き、必要以上にそれらに視聴者をとどまらせようとしておりません。あくまで中心は堀越二郎。彼の人生の一日一日は細かく描写されていますが、その他のことはある程度デフォルメすると言う手法は、見やすさと言う点からも秀逸でした。

一方誰もが注目する「声優:庵野秀明」はどうだったのでしょうか。

青年期で第一声を発した時、正直とても違和感を覚えました。だって、ルックスは若くてさわやかなのに、そのイメージとはかけ離れた、弱くてかすれた声が発せられるんだもの。

しかし、劇中の堀越二郎が年を取るににつれ、徐々に馴染んでいくから不思議。やや棒読みではあるけれど、実直な感じは良く出ており、「ああ、宮崎監督が描きたかったのはこう言う人物か」と考えてみたり。まあ劇中でもそのハマり具合にムラがあったのも事実。本庄と話すときのテイストはとても自然で、庵野氏であることを忘れるほどだったけれど、菜穂子とのやりとりは少しぎこちなさがありました。演技のうまい声優さんだったらどんなシチュエーションも安定して平均以上を出しますが、声優でも役者でも無い庵野氏にとっては得意なセリフと不得意なセリフが明確にあるのでしょうね。ただし、このムラに関しても監督の計算どおりなのかもしれません。

さて、ストーリーについて。

序盤から冒険のにおいがぷんぷんしているのですが、実は冒険はほとんどありません。ただ淡々と設計の研究と仕事をこなすだけです。むしろメインは菜穂子との恋なのかとも思うほどです。しかし、淡々とこなしているように見えるその仕事の中に、秘かな情熱みたいなものが感じられたのは、個人的には好印象でした。

はっきり言ってわかりやすい単純な映画ではありません。かと言って深い意味がある感じもしません。ここは多分この映画のテーマでもある「限られた時間を精一杯生きる」を自然に描きたかったんだと思います。そう言う意味では「恋に生きる」のも「愛に悲しむ」のも命の燃やし方の一つ。菜穂子との別れは一番泣けるシーンでした。

宮崎監督はこの映画に制作について「決して子ども向けではない」ことに悩んだそうです。そこを鈴木プロデューサーが「何かわからない物に出合う機会」が子供には重要とし、制作を促したそうです。確かに見てみると宮崎監督の懸念がわかる気がします。なにしろ「ここから物語がハイライトを迎える」と言うところでストーリーは終わりますから。

いろいろ書きましたが、総評すると自分はある点についてとても良い映画だと思いました。そのある点とは「自分の人生を見直すきっかけになる」と言う点です。

ストーリーや役者の演技について、細かく見ればいくつか不満な点はあるかもしれません。しかし監督の意図していた「限られた時間を精一杯生きる」と言うポイントにおいて、大成功しているのです。そのテーマは見る人に「そのままでいいのか、その生き方でいいのか」と迫ってくる劇薬のようなものです。ただのエンターテイメントと言えばそれまでですが、どこか小説のようなテイストがあるのがこの「風立ちぬ」と言う作品でしょう。

なお、エンディングの荒井由実「ひこうき雲」は筆者が大好きでいつも聴いていた曲。映画の中で聞くとまるで違う曲の様に聞こえました。この曲のドラムって、もっとタイトなイメージだったんだけど、こんなにダイナミックだったっけとか。たぶん映画に合わせて結構マスタリング変えたのでしょう。ストーリーにはよく合っていました。

さらに余談ですが、劇中で菜穂子と再会する避暑地のホテル。あのジョンレノンが滞在していたと言う、軽井沢の万平ホテルっぽいよね?和とモダンの融合。ピアノが似合うロビー。森に囲まれた立地。どれをとっても万平ホテルっぽいんだけど…。ロケ地は主に当時の東京でしょうが、こう言った細かいところにも興味を持ってしまう映画でした。【でんすけ】